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経営戦略

生鮮食品流通業界の実態と知られざる現場の真実

現在はITが発達した時代ではありますが、やはり昔ながらの人手による作業、業務、判断などが必要な分野もあります。そのひとつが生鮮食料品の流通業界です。一般的にも、またITやウェブ、コンサルタントなどに携わっている方々にも馴染みはありませんが、いうまでもなく私たちが生活する上で欠かせない分野です。
特徴は、社会的に重要な役割を担ってはいるものの、中小企業で経営が良好とはいえない事業者も多く、さらに労務環境も厳しく、人材不足に悩んでいること。その現状と、ITやAIなどコンピューター関連技術が改善に寄与できそうなことなどについて、私の専門である青果物の卸売市場流通を例に解説します(全4回予定)。

執筆者
株式会社 農経新聞社 代表取締役社長 宮澤 信一

  1. どのような体制で営業?
  2. 労働環境は?
  3. OA化、IT化の現状
  4. 事業者の経営内容は?
  5. 将来への人材確保は

どのような体制で営業?

昔ながらの事業者は、卸売業者(産地から集荷)も仲卸業者(卸から仕入れて量販店などの実需者に納入)も基本的に“個人商店の集まり”で、“属人化”していました。例えば一度、キャベツやダイコンなどの品目を担当すると、基本的には定年退職するまで、ずっと担当していました。そのために、経営者を上回るほどの「その品目のスペシャリスト」になります。その反面で「担当品目以外のことは分からない」(部署異動させられない)傾向があり、また、特定の担当者に仕入れ・販売を長期間任せるので「経営者も口を出しにくい」「代わりが利かないので休暇が取れない」、さらに「顧客との間で発生した隠れ負債が発覚しにくい」という問題も。
このため@複数人のチームを組み、営業員は(ペアで)複数品目を担当、A毎日の仕入れ・販売・利益を正確に販売管理ソフトに取り込み、組織で共有、B定期的な部署異動―などを実施することで、組織で販売方法を共有し、急な欠勤や有休取得に対応、さらには隠れ負債の発生を防止する事業者も多くなっています。

労働環境は?

昔は当日(前日の夜〜)に入荷した商品を小売店の開店時間に納入するため、早朝の  「競り取引」が基本でした。しかも関西では競りが午前3時半で、準備のために2時台から出勤する卸売業者もありました。 
また、仲卸は競り時間を待たずに相対取引で仕入れることも多く、営業員は深夜過ぎから出勤し、オーダーされた商品を確実に確保することも。それでも青果商が主体だった頃なら、「朝、競りで販売して終わり」でしたが、現在では量販店など大口実需者が主体で、午後〜夕方の商談、オーダーの受注は重要です。最近では卸も大口実需者に直接販売することがあり、やはり午後〜夕方の業務は重要。そのため全体に、営業員の勤務時間が長くなりがちです。
とくに厳しいのは中堅仲卸で、早朝の競りによる仕入れ、スーパーへの発送準備、青果商への店頭販売、スーパーへの売り込み・受注、卸へのオーダーと、早朝から夕方遅くまで、自分の担当品目に関する業務は全て自分でこなすためです。それに対して大手仲卸は、夜間の物流=商品確保、受発注などの部門を別々に設置でき、営業員の勤務時間は中堅ほど長くないようです。
しかし、働き方改革は必須。競り開始時間を遅らせ、衰退して必要がなくなった市場では廃止して全面的に相対取引に。取引先からにはオーダー締め切り時間の繰り上げを要請。受発注の確認や分荷(仕入れた商品を販売先に分けること)作業はモバイルを用いて自宅で。さまざまな取り組みが始まっています。

OA化、IT化の現状

基本的には、産地(出荷者)〜流通業者〜最終実需者間でのデータ連携が完全には進んでおらず、手作業による事務作業もかなり残っています。実はこれがかなり厄介で、ムダな待ち時間の発生にもつながっているのです。
オーダーは、一定規模のチェーンからはオンラインで受けますが、各店からのFAX、また個店の青果商や飲食店では電話も一部残っています。これらは営業員または事務員が、販売管理システムに入力します。また、前日までにオーダーを受けて仕入れなどを開始しても、当日の数量・価格変更や返品など、そのままのデータでは通用しないために、人手で修正を施すことは珍しくありません。
さらに、国が推奨する標準的な「商品コード」を採用しない(できない)チェーンに対しては、出荷団体から受け取るデータのコードを手作業で変換。その他の要素も含めてデータがまったく連動できない場合には、いったん印刷して入力し直すといったムダ≠ェ発生しています。これらの業務、とくに手書きの伝票の入力では、一定の割合で「間違い」が発生しますし、それを防ごうとすれば「確認作業」に手間取ります。
一方で、それらの課題をシステムで改善するケースも。一例を挙げると九州地区には、卸も大手仲卸も販売管理システムは日立、という青果市場があります。この場合、とくに大手仲卸は、「卸からの請求データをそのまま自社の仕入れデータに取り込む」ことが可能となります。
また、大掛かりなシステムではなく、"ツール"の活用も。個人農家も多く出荷する市場では、「明日、農家がどれだけ出荷してくれるか」を早い段階で確認することがスムーズで有利な販売につながるのですが、農家も忙しく、なかなか数十人規模の把握には時間も必要。これを卸の営業員が、スマートフォンのアプリで受信・集計して、待ち時間の解消、働き方改革につなげる市場も出ています。

事業者の経営内容は?

全体に利益率、収益力が低く、人材や設備への投資がしにくいのが実態です。
卸・仲卸とも大手業者は例年、経営内容が安定していますが、とくに仲卸では零細業者は営業赤字、経常赤字が半数近くも。最近の傾向では、意外に「中堅仲卸」が不振。これは、大手仲卸は粗利が薄い“きつい商談”をうまく回避できますが、その分の”売上が欲しい“中堅仲卸に、こうした商談が回って来ていることも一因とみられます。
一方で卸は、市況が高くなれば収益が上がり、低くなれば収益が減ります。最近では、たとえ市況が安いときでも産地のことを考えて、あるいは産地から出荷を打ち切られないように「高値で仕切る」必要が出ており、収益がさらに減少することも危惧されます。
経営を安定させるには「多角化」が必須ですが、基本的に青果流通の専門家集団であり、なかなかそうもいきません。それでも@本業を活かしたカット野菜など加工業務への進出、A所有不動産の貸し付けによる安定収入、B異業種のグループ入りで経営安定―などの動きもあります。
なお、農林水産省によると、2022年度の中央卸売市場青果卸の営業利益率(売上高比)は0.36%、同仲卸は0.37%。これは、中小企業の飲食料品卸売業における平均1.45%(中小企業庁「中小企業実態基本調査」)の4分の1程度です。一方で、青果卸売市場の事業者には、品目・品種など多くの品ぞろえが必要なため、会社の売上や利益が少なくても多くの従業員が必要です。しかし、こうした従業員は早朝からの長時間労働にもかかわらず報酬が不十分なことが多く、人材がなかなか定着しません。他業種に比べて多くの人員が必要ですが、利益が上がっていないと人材投資(とくに初任給引き上げ)ができません。さらに現代の食品流通業に欠かせない冷蔵設備などへの投資もできず、ますます大手と中小・零細の経営格差は拡大していきます。

将来への人材確保は

上記のように青果物など生鮮食料品業界は、長時間労働に見合った高報酬が出せず、残念ながらイメージも良い方とはいえないため、常に人材不足に陥りがちです。
しかし、それを補うためOA化、IT化、DXなどによりムダな作業や待ち時間をなくすことで、本来の営業や業務に取り組み、さらに働き方改革を進めて従業員の定着につなげているケースも登場しています。次回以降のコラムで、本業界での取り組みも交えて紹介していきます。

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