テクノロジー
明松真司氏が語る「生成AI導入、成功企業の共通点」とは?

ChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、企業の業務は大きく変わりつつあります。うまく活用できれば、生産性の向上や新たなサービスの創出につながりますが、企業の中には思うような成果が出ず、戸惑うケースも少なくありません。そこで今回は、教育やDX人材育成の現場で生成AIを積極的に活用している明松真司氏に、導入がうまくいく企業とそうでない企業の違いや、生成AI活用を成功に導くポイントなどについて語っていただきました。
- 日常業務に広く浸透している生成AI
- 実際に生成AI導入に成功した企業の事例
- 「期待外れだった」などの失敗事例に共通するポイント
- 生成AIは“深み”から“広がり”へ
- 生成AIの“可能性”と“怖さ”を見つめ直すとき
略歴
明松真司(アケマツ シンジ)
釧路工業高等専門学校 情報工学科、東北大学理学部数学科卒業。
地方都市から最先端DX人材育成を行う株式会社PolarTech代表取締役。
全国各地でAI、ブロックチェーン、プログラミング、数学などの基礎講座を多数実施。
日常業務に広く浸透している生成AI
私は今、教育の現場で生成AIを日常的に使っています。例えば、初学者向けのプログラミング研修では、練習問題の設計や教材づくりに生成AIを活用しています。人が一から作ろうとすると手間も時間もかかる上に、どうしてもミスが出てしまう。でも、生成AIを使えば、ある程度の正確さとスピードでアウトプットが得られます。もちろん最終的な確認や調整は人の手で行いますが、それでも作業全体の負担は大きく減りました。今では、生成AIがないと仕事が回らないと感じるほどです。
資料作成でも同じです。プレゼン資料には画像生成AIとして「ChatGPT」や「Adobe Firefly」をよく使っています。「Adobe Firefly」については著作権に関しても安心で、視覚的に訴えるビジュアルを簡単に作れるので、言葉では伝えにくいアイデアも表現しやすくなりました。
そして今、私たちの仕事環境はさらに進化しつつあります。これまでは生成AIのサービスを「外部のクラウドサービス」として使っていましたが、最近はClaude codeやGemini CLIなどのAIエージェントが、パソコンやローカル環境に直接インストールできます。こうなると、ファイルの検索や操作、作成といった作業までAIがこなしてくれます。つまり、人は「指示を出す」だけで、実際の手を動かすところはAIに任せられる時代になってきているのです。
生成AIの導入や活用が企業の現場で急速に進んだ背景
企業における生成AIの活用は、DX推進と非常に近い流れだと思っています。リテラシー的な使い方と、より技術的なエンジニアリングとしての使い方、この2つに分けて考えると分かりやすいです。まずは、自然言語を使って効率化を図るリテラシー的な導入から始まります。これは、エンジニアに限らず、事務担当者や経営者層でも活用できるところです。
ただ、実際にはその第一歩でつまずく企業も多いです。例えば、ある教育系の企業では、「世の中の流れに追随したい」と、事務作業の軽減を目的に生成AIの研修を実施しました。でも、現場の方々はなかなかツールに手を出しませんでした。「今までのやり方でも支障ない」と感じていたり、「本当に安全なのか」といった不安が強かったりするからです。結果として、研修だけで終わり、導入が定着しないままになってしまいました。
こうした導入の温度差には、地域性もあると思います。私は仙台と東京の両方で企業支援をしていますが、仙台ではまだ「様子見」の姿勢が強く感じられます。情報漏えいや著作権といったリスクに敏感で、新しいツールをすぐには使わない傾向があります。感覚的には、東京と仙台では、導入のスピードに2年くらいの差があるように感じています。
生成AIの“誤解”や“デメリット”
生成AIには、もちろん注意すべき点もあります。例えば、よく話題になるのが「機密情報を勝手に学習されるのでは?」という不安や、「事実でない情報を生成してしまう(ハルシネーション)」というリスクです。ただ、これについては人の側の運用でかなりカバーできると考えています。特にハルシネーションは、人がしっかりと中身の正確性を確認してから生成物を利用することが大事です。逆にいえば、確認せずにそのまま出してしまうことは問題です。
最近の大規模言語モデル(LLM)は、インターネットの情報もリアルタイムで参照するようになってきているので、ハルシネーションは随分減ったような感覚があります。しかしながら、だからこそハルシネーションに対する「油断」が生まれやすくなっているとも言うことができます。今まで以上に「人間によるチェック」の重要性を再認識する必要があるでしょう。組織として「どう使うか」を教育し、ガイドラインを整える必要があります。
個人的には、あまりにAIに頼り過ぎることで、人の能力が鈍ってしまう懸念もあります。以前より、「頭や手を動かす」という機会が明らかに減りました。例えば文章を書くときも、「まずはAIに聞いてみよう」となってしまうのを、日常的に実感しています。これは便利である反面、自分の中の思考力が「落ちていないか?」 と立ち止まって考えることも必要だということです。AIに振り回されないこと、依存し過ぎないことも大切な視点だと思います。
実際に生成AI導入に成功した企業の事例
実際に、生成AIをうまく活用している企業が増えてきています。例えば、あるセキュリティ関連の大企業では、現場の事務スタッフやアルバイトの方々がリテラシー的な活用を進めています。日常業務の中で、資料作成や文書要約などに生成AIを取り入れており、効率化の実感が生まれているそうです。一方で、エンジニア部門ではAIエージェントやコーディング支援ツールを本格的に組み込んで、開発業務の大幅な効率化にも成功していると聞いています。
もう一つ、面白い事例があります。看板のデザインや屋外広告を手がける企業です。生成AIの研修を受けたところ、自分たちの仕事と画像生成AIとの親和性に気づき、本格導入へと進みました。Stable Diffusionなどの画像生成AI使い、写真をもとに看板デザインのパターンを生成。制作から保守にかかるコストが半減したといいます。
また、ある自動車販売会社では、中古車のチラシに掲載する車両画像の作成に生成AIを活用しています。これまではデザイナーが丸一日かけて制作していたイメージ画像が、プロンプトエンジニアリングやAIモデルの工夫により、かなり早いスピードで完成するようになったとのことです。生成AIのユースケースは、すでにテキストだけでなく画像・音声などを含むマルチモーダルの段階に入っており、それぞれの現場に合わせて柔軟に進化しています。
成功している企業は「目的」と「手段」が明確
こうした成功事例に共通しているのは、「目的と手段の順序」が正しいことです。失敗している企業は、まず「AIを導入したい」という思いが先に立ち、肝心の“何を解決したいか”が曖昧なまま動き出してしまう傾向があります。逆に、成功している企業は明確です。例えば、「看板制作に時間がかかる」「デザインの品質が安定しない」といった具体的な課題をまず見つめ、その解決手段として生成AIを選んでいます。「業務効率化を実現するには何が必要か?」という視点を持ち、生成AIを単なる流行ではなく“実務の道具”として扱っているのが特徴だと思います。
生成AIを導入する際に最も大切なのは「成功体験」
私は、企業が生成AIを導入する際に最も大切なのは「成功体験」だと感じています。実際に使ってみて、「あ、これは楽になったな」「助かったな」という感覚がなければ、社内には浸透しません。ですから、とにかくまずは触ってみることが大切です。難しく考え過ぎず、これまで人がやってきたことをAIに試しにやらせてみる。そして少しでも効果を実感できたら、それが次の一歩につながります。
もちろん、セキュリティやハルシネーションのリスクには目を向ける必要があります。最低限のガイドラインは整えた上で、実際に体験してみること。触ることでしか分からないことがありますし、現場で使ってみて初めて気づく発見も多いです。企業全体としてどう進めるかは難しいテーマですが、「まず使ってみよう」というマインドが、変化を起こす第一歩になると思っています。
「期待外れだった」などの失敗事例に共通するポイント
生成AIの導入に失敗するケースも、実際には少なくありません。例えば、「とりあえず契約してみたものの、現場で誰も使わなかった」というような話はよく耳にします。以前、ある企業が、Claude codeという生成AIのプロジェクト機能を活用しようとしたことがありました。プロジェクトごとに専用スペースを作り、関係者を招待してAIを回しながら開発を進めるという仕組みでしたが、結局、何に使えるのか、どう活用すればいいのかが十分に理解されないまま、「よく分からないからやめておこう」となってしまいました。これは非常にもったいないことで、こうした新しいツールを導入する際には、「これを使うことで何が起きるのか」「どういう業務に使えるのか」といった基本的な説明を、教育段階できちんと行うことが不可欠だと感じています。
導入が失敗に終わる背景には“姿勢の問題”がある
導入がうまくいかない背景には、「とにかくまず触ってみる」という一歩目を越えられない、という問題があります。やはり「あ、これは楽だな」という実感がないと使い続けません。ですから、できるだけ多くの小さな成功体験を積ませることが、社内定着の鍵になると思っています。そのためには、最低限のレクチャーを行った上で、あとは実際にどんどん触ってもらう。ひたすら手を動かして、「AIと一緒に仕事するというのはこういうことか」と感じてもらうのが、何より大事だと感じます。
また、企業によっては「社内で教育は全部やらなきゃ」と思い込んでいるところもありますが、私はそこにこだわらなくていいと思っています。今や生成AI関連の研修プログラムは山ほどありますし、補助金などの支援制度も豊富に用意されています。基礎的な部分は外部に任せてもよい。逆に、導入後の現場ごとのフォローや応用的な活用のサポートは社内で担う、というように、適材適所で役割分担していくべきです。
リソースは有限ですし、1から10まで全部社内で完結しようとすると、かえって現場の負荷が高まり、結果的に誰も使わなくなってしまうこともあります。外部の力も上手に借りながら、最初の一歩をスムーズに踏み出せるような体制を整えることが、成功への近道だと感じています。
生成AIは“深み”から“広がり”へ
これから生成AIがどう変わっていくのか──、これについては正直、「こう進化する」と断言できるものではありません。どんな技術や仕組みが出てくるかという“深み”よりも、私は “広がり”に注目すべきだと感じています。
例えば、現状でいえば、やはり首都圏が最も生成AIの導入が進んでいると思います。次いで関西圏や中部圏といった大都市が続いている印象です。地域間の差は今でもかなりあるので、まずはそうした地域的なギャップがどう埋まっていくかという視点も重要でしょう。
技術の進化も驚くほど早いです。2025年7月初旬に登場して注目を集めたAIエージェント「Devin」も、わずか1か月程度で話題の中心から外れつつあり、このスピード感には本当に驚かされます。今注目を集めているのは「Gemini CLI」。Googleが提供するAIエージェントで、Claude codeやDevinとほぼ同じことができる上に、Google検索との連携が組み込まれていて、無料で使えるのが大きなポイントです。
企業の間でも「AIエージェントを試してみよう」といった機運が高まってきていて、実際に業務に取り入れるエンジニアも増えてきています。これまで“人を雇う”という選択肢しかなかったところに、「AIのほうが安価で効率的かもしれない」という現実が、いよいよ見え始めてきたわけです。
いわゆる“シンギュラリティ”──、人の仕事がAIに取って代わられるという未来にもつながる話です。だからこそ、これからの社会では、「人にしかできない仕事って何だろう?」という問いを、本気で考えていかなければならない。私自身もAIエージェントを触りながら、しみじみとそう感じています。
最初に取り組むべきは“リテラシー段階の導入”
これから生成AIを導入しようという企業に向けて、私がまずお伝えしたいのは、「リテラシー段階の導入が何より大切」ということです。DXという言葉が広まる前、例えば「ITパスポート」のような資格で語られていたような基本的な知識やスキルが、生成AIにも求められると感じています。
経済産業省が発行している「デジタルスキル標準」にも、まずはリテラシーレベルでスキルを習得しましょう、と明記されています。私もまったくそのとおりだと思っています。特に経営陣が、AIやDXの動向をある程度の解像度で理解しておくことが重要です。現場だけが頑張っても、トップが理解していなければなかなか進まない。結局、経営陣が触らないものは、現場の人も使いません。生成AI導入は、やはりトップダウンで進めるべきだと思います。
社内文化として“共有”の場を作る
成果につながる生成AI活用を実現するためには、社内文化や体制づくりも欠かせません。私が思うに、なかなか新しいやり方に移行できない原因の一つは、「今までのやり方」に慣れ過ぎてしまっていることです。だからこそ、「AIでこんなふうに楽になった」といった成功体験を社内で共有していくことが大切だと思います。
具体的には、ノウハウの共有会や勉強会を定期的に開くこと。IT系の業界では、ライトニングトーク(LT)文化のように、気軽に話して称賛し合う文化があります。そういう仕組みがあると、自然とAI活用が広がっていくのではないでしょうか。たまには外部の専門家を招いて話を聞いたり、参加型のワークショップ形式にしてみたり。無理なく、楽しみながら続けられる文化づくりが、これからの企業には求められていくと思います。
生成AIの“可能性”と“怖さ”を見つめ直すとき
生成AIに対しては、本当にさまざまな可能性を感じています。でもその一方で、「怖いな」と思う瞬間も、最近は増えてきました。例えば、LLMが見覚えのない情報を出してきたとき、「これ、誰かが入力したプロンプトの内容が混ざっているのでは」と不安になることもあります。画像生成AIも、既存のイラストを勝手に学習してしまうことで、クリエイターの権利や尊厳を脅かす構図が生まれている。便利さの裏にあるリスクを、私たちはもっと丁寧に見ていく必要があると思います。
企業の皆さんには、何よりも「目的ありき」で生成AIを使ってほしいです。AI導入が“目的”になってしまうと、往々にしてうまくいきません。何を達成したいのかを明確にし、その手段としてAIを位置づけること。それが、活用成功への第一歩だと私は考えています。