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経営戦略

生鮮食料品流通業界におけるAI活用の最前線

現在はITが発達した時代ではありますが、やはり昔ながらの人手による作業、業務、判断などが必要な分野もあります。そのひとつが生鮮食料品の流通業界です。一般的にも、またITやウェブ、コンサルタントなどに携わっている方々にも馴染みはありませんが、いうまでもなく私たちが生活する上で欠かせない分野です。
特徴は、社会的に重要な役割を担ってはいるものの、中小企業で経営が良好とはいえない事業者も多く、さらに労務環境も厳しく、人材不足に悩んでいること。その現状と、ITやAIなどコンピューター関連技術が改善に寄与できそうなことなどについて、私の専門である青果物の卸売市場流通を例に解説します。(第4回)

執筆者
株式会社 農経新聞社 代表取締役社長 宮澤 信一

  1. 人材確保、育成にAIは必須の時代に
  2. 営業員の「引き継ぎマニュアル」をAIで作成
  3. 人材定着に「AI適性検査データ」を活用
  4. 中小業者はAI導入やIT化時代にどう対応?

人材確保、育成にAIは必須の時代に

今回で、このコラムも最終回となります。最後にお伝えしたいのは、AIの活用が今後、青果など生鮮食料品流通業界でも必須になっていくという点です。ご承知のようにAIにはさまざまな活用方法がありますが、なかでも「人材確保・育成」「業務改革」「働き方改革」などに大きく寄与する可能性があります。
青果流通業界では、人材不足に悩んでいます。その大きな原因のひとつは、「昔からの勤務体制や指導体制を変えてこなかったこと」だと思います。そのままでは人材問題などに直接的に影響を及ぼし、事業継続が危ぶまれます。
しかし、青果流通業界でも、コンサル主導ではなく事業者自らが主体的に取り組む活用事例が出ています。

営業員の「引き継ぎマニュアル」をAIで作成

まず青果卸が、働き方改革、具体的には忙しい営業員に1週間の有給休暇を取得してもらうため、担当品目の「引き継ぎマニュアルをAIで作成している」事例です。
青果流通業界は「個人商店の集まり」とも言われることがあるように、まだまだ業務、とくに商品(担当品目)の集荷・販売が属人的になりがちです。担当品目に精通し専門性が高まるのは良いのですが、「その人でなければ分からない」ために休暇を取ることが難しく、また、「一人で何もかも抱え込む」ことが災いして、赤字や取引上の問題が発覚しにくくなることがあります。
ある青果卸企業では、品目担当者が新婚旅行で1週間休むことをきっかけに、「その品目の販売業務の引き継ぎマニュアル」を作ることになりました。青果物は「トマト」一つをとっても、産地や等階級などが多いことが特徴です。マニュアルでは、その期間における各アイテムのおおよその販売価格をはじめ、顧客の好み、希望する産地・等階級がなかった時の「許容範囲」など、日常の販売業務に必要な情報を網羅します。
ネックは、「自分が休む」ためにマニュアル作成に積極的で、クラウドで運用するフォーマットへの記入もスムーズな社員もいますが、ITリテラシーが低い社員はマニュアルの作成が進まないケースもあること。そこで同社では「DX部」の担当者が、ベテラン社員にインタビューし、それをAIで文書化。特に時系列が飛び飛びになりがちな年配社員の回答でも、AIが上手に時系列を追って、まとめてくれます。それを基に、DX部担当者がマニュアルを完成させるのです。
1週間の休暇を取る前には、引き継がれる担当者と引き継ぐ担当者が1週間程、そのマニュアルを活用して一緒に営業することで、実際の引き継ぎがよりスムーズになります。また、このマニュアルを増やしていけば、長期休暇だけでなく事故や病気など突発的な欠勤・欠員が起こった場合にも、最低限の対応ができるようになります。
なお同社では、約10年前から社内全体のITリテラシー向上に取り組んでいます。当初は新しい取り組みに前向きな社員を中心に進め、全社へ展開する際には、グループのスケジュール管理など比較的取り組みやすい業務から段階的に導入しました。その結果、IT活用に慣れていなかった社員も含め、特別な意識をせずとも自然に業務の中で活用されるようになったといいます。

人材定着に「AI適性検査データ」を活用

次に紹介するのは、青果卸が主導した「適性検査によるAIマッチング」です。応募者はAIの質問に答えて自分の適性を把握。同時に募集企業側も、自社内で優秀な成績を収めている「モデル社員」の詳細なデータを把握し、それにマッチした応募者をターゲットにすることで、ミスマッチを防ぎます。その結果として、企業の採用コストも大幅に削減を可能とするものです。この会社では、すでにAIチャットボットが一次面接を行っています。地元以外からも応募が増え、求人の幅を広げることにつなげています。
この背景には、青果業界のように元々応募が少ない業種特有の状況がありました。「とにかく採用したい」という思いから採用のハードルを下げすぎると、結果的にミスマッチによる早期退職を招きやすくなります。
そうなると採用コストや人件費が無駄になるため、「いっそ採用活動などしない方がましだ」という結論になりかねません。しかし、既存従業員の離職も止まらないため、その穴を埋めようと、同じスパイラルに陥ってしまうのです。

このシステムでは、59項目の適性検査をAIが分析しますが、まず「自社の優秀なモデル社員」に受けてもらい、そのコンピテンシー(高い成果を出す人に共通する行動特性や総合的能力)をデータ化し、「自社が求める人材像」を具体化します。これは、多くの中小企業が求人において打ち出す「前向き」「明るい」など、印象だけの抽象的な人材像ではありません。そのうえで応募者のコンピテンシーデータとマッチングし、確率の高い応募者から採用。これにより、入社してからの「こんなはずではなかった」というミスマッチによる早期離脱などを防ぎます。
また採用活動だけでなく、在籍している社員の育成などにも活用できそうです。モデル社員以外にも全社員に受けてもらえば、そのデータを基にして本人が活躍できる部署への異動、あるいは本人に不足している部分の強化などが考えられます。
なお、以前は採用といえば「入社」まででしたが、少子化により新卒採用が厳しさを増す中、「応募獲得」だけでなく、「選考離脱(内定辞退)の防止」「早期離職の防止」まで求められています。
このような中、これまでも応募獲得から早期離職防止まで、それぞれの課題に対応するソリューションは存在していましたが、個々に導入する必要がありました。特に従来の適性検査の多くは、一定のスコア基準を満たさない応募者を選考対象から外すことを目的としており、応募者へのフィードバックはなく、企業側も採用後はデータを破棄してしまうケースが少なくありませんでした。それに対してこのソリューションは、適性検査のデータを採用選考だけでなく、入社後の配属や育成にも継続的に活用することで、一気通貫での課題解決をめざしています。

中小業者はAI導入やIT化時代にどう対応?

さて、今後は企業規模や業種を問わず、AI導入やIT化は必須となってくるでしょう。これらは人材確保・育成や業務改革を、大きく後押しします。もし対応が遅れると、ただでさえ企業間の格差が拡大している中で、中小業者は大手企業とはますます差が開いてしまいます。どう対応すればよいでしょうか?
もし余裕があるなら、AIやIT化を推進する部署を設置し、求人や研修、業務で活用することが理想です。そしてその「AIやIT化を推進している」ことを求人の前面に出せば、つまり“若手に刺さる”ワードを打ち出せば、採用効果も期待できます。
もちろん、「そこまではできない」という会社が多いことでしょう。しかし今回ご紹介した青果卸は、いずれも自社開発のツールやソリューションを同業者に対して普及するため、コンサル機能も強化しています。これらのコンサル機能を活用し、「自社でできない部分」を補うことも考えたいものです。何から何まで自社で行う必要はありませんし、行おうとすると逆に非効率的になります。
そして本連載の最後に。大企業に比べて資金や人材に劣る中小業者ですが、大企業に勝っているものもあります。その一つが「身軽さ」です。経営者が決断さえすれば今日からでも、いや今すぐにでも、動き出すことができます。
「動き出さず、このままで(衰退していって)いいのか」。「このままでいい」という経営者を止めることはできませんが、これまで中小業者が培ってきた技術、ノウハウ、社員のスキル、取引先との関係なども、目に見えない立派な資産です。厳しい時代を生き残り、将来に継承してほしいと願います。

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